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姫だるまの雑記帳
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2012/01/24 23:50
昨夜から、久々の雪
今朝はごみ出しついでに雪かきをした。最近のご近所さんはほとんど出てこない。
うちの前は通学路なので、子供たちが嬉しそうに路傍の雪で道草を喰っている。
表面はふかふかの雪でも、接地面はアイスバーンだ。
氷をスコップでかち割りながらの雪かきは骨が折れる。

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オリンパスホールのトゥーランドット&手嶋葵

2012/01/21 00:22
八王子のオリンパスホールにオペラを観に行った。
ウクライナ国立オデッサ歌劇場公演プッチーニの「トゥーランドット」、指揮は西本智美さん。
新国立劇場でも観た演目のせいか、新たな感激は無かった。
朝の雪も影響したのか、いや、そうじゃない。私がチケットを買ったのは去年の秋口だから。
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ukuraina
オリンパスホールは最近物議をかもしたオリンパスのネーミングライツだ。
なんでも、年間2000万円が支払われるらしい。
観客の入りはこんな感じだ。
S席なのに二階・・・ちょっと損した感じ。
しかしまあ、相変わらず爺っちゃん婆っちゃんの多いこと。若者がこんなに少ないんじゃ、日本でのオペラの将来も危ぶまれる。せっかく近くに素敵なホールができたのだから、いい演目を期待したい。
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何かの番組で流れた透明感のある歌声に惹かれて、検索して購入したCD.。
手嶋葵・・・どこかで聞いたような・・・最近頻繁に宣伝していたアニメ映画の主題歌を歌っていた人だ。
ウィスパーボイスとでも言うのだろうか、か細い妖精のようなイメージの声だ。
あ、ちゃんと書いてある「fairy's voice」って。
Wintere Light,Smile,La vie en Rose・・・昔の映画音楽がほとんどだ。小学生の時に見た、オードリーヘップバーン主演の「緑の館」や「マイフェアレディ」など、それぞれに美しくやさしい歌だ。
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活力なべ&あ〜イタリア料理の日

2012/01/19 00:11
朝日軽金属の「活力鍋」を買って、何回か調理した。
今日はピーフシチュウだ。
なべに水200cc入れて、牛肉・にんじん・玉ねぎ・じゃがいも、それにベイリーフを一枚いれて火にかける。
ふたをきっちり閉めてあかいおもりを乗せる。
5〜6分経つと、てっぺんの赤いおもりがグルグル回り始め、機関車のように蒸気を吹き上げる。
牛肉などをトロトロにしたい場合はそれから10分間だけ弱火にかける。
タイマーが鳴ったら火を止め余熱。ここはCMの歌通りだ。
気圧調整ピンが下がったら、ゆでておいたブロッコリーとクレアオバさんのルーをいれてはい出来上がり
へたに手作りのデミグラスソースを加えたりはしない。最近のルーは良くできているものが多いからだ。
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昔はピーフシチュウを煮込むのに4時間かけていた。
フツーの圧力なべで50分、ところがこの活力鍋だと、たったの15〜16分でそれに匹敵する煮込みができるのだ。
スンバラシー


ところで、今日はイタリア料理の日だった。
だがしかし、着くなり「今日娘のAちゃんの学校から電話があって、彼女ビョーキ、M(料理を教えてくれる奥さん)は彼女を迎えに行ったから、今日イタリア語だけ」と宣言された。
話を聞くと、結構大変そうなので全員納得した。

レッスンはイスラエルの復活祭に、親が子に信仰心を植え付けるために歌う歌の勉強だった。
その歌詞をイタリア人のアンジェロ・ブランデュアルディという歌手がイタリア語に直したもので、
パパが東の市場でネズミを金貨二枚で買い、そのネズミに犬が噛みつき、
その犬を棒がぶって、その棒を火が燃やして、その火を水が消し、
水を牛が飲んで、その牛を屠殺人が殺し、屠殺人には死の天使が舞い降りる〜


なんでも、ネズミから牛までの流れはローマ帝国のイメージで、結局は神が治める、みたいな話だ。
あ〜全滅の話か〜、と思わずつぶやいた。

その話から「出エジプト記」の話に入ったが、参加者のほぼ全員が「ノークリスチャン」だから、ユダヤ教徒キリスト教の関係なんぞには造詣が深くなく、が飛び交った。
話し言葉ではまったく登場しない癖に、オペラでも、ただのカンツォーネでも、歌詞には遠過去(結構昔のことを表現する文法)が多い。
話し言葉で覚えた私はまったく勉強したことがない割には何となく活用など理解できるが、中には半過去・近過去と混同してしまう人もいた。
直接法現在・未来・命令・半過去・近過去・遠過去、条件法現在・過去、接続法現在・過去までマスターして初めて「中級
と言えるらしいから、道半ばだ、わたし。 
例・・・CANTARE(歌う)の遠過去人称別活用
私:cantai,あなた:cantaresti,彼女・彼:canto`,私たち:cantaremmo,あなたたち:cantareste,彼女・彼ら:cantarono・・・
これを全部覚えろ、と・・・・頭痛がする。

最後に、次回の料理メニューは「Spaghetti allo Scoglio(岩礁のスパゲッティ)」
Scoglio=岩礁・・・・といえば、最近のトレンド「イタリア豪華客船転覆事故」を連想するにきまってる。
当然、誰よりも早く避難しちまった厚顔無恥・ナポリ出身のイタリアーノ船長の話題で盛り上がった。
S先生の口ぶりでは、ナポリ人にはそういう傾向の人が多いらしい。
真っ先にマンマに電話して「僕がんぱったよ」な〜んて、マンモーネ(マザコン)イタリアーノ面目躍如だ。




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大阪市の教育委員会

2012/01/15 11:16
大阪市橋下市長によると、大阪市教育委員会6名で525校を見ているという。
八王子市PTA連合会(=P 連=市内の公立小中学校PTA正副会長の連合会)で副会長を2年務めた経験から思うこと。
因みに、P 連の正副会長になると、自分の学校行事以外に、P連担当の校長先生方とともに市主催のあらゆる会議に参加し交通から性教育までの討議に参加する。
ほかに連合会の学校間の交流を図って、情報交換などもする。
当時は神戸の児童生首事件が起こったり、三宅島大噴火で、東京への避難生徒児童へのフォローなど、自分の学校のPTA本部役員と会うよりもP連役員との会合が多かった気がする。
一日に会議が三つも四つもあったり、それはそれは忙しかった。
辛かったのは、何の因果か、市教委が発行し前項に配布する性教育冊子の編纂担当だったこと。
その世界では有名らしい先生の唱えるジェンダーフリー論は、個人的にはとても容認できるものではなかったにもかかわらず、延々と講義を聴き、それに基づいて編纂するのだから、苦痛以外の何物でもなかった。
とにかく、教育委員会&P連って大変なんですわ。

で、八王子市人口65万人前後、小学校72校、中学校はその半数程度、高校はざっと数えて10校弱、計120前後の学校を、校長経験者1名、PTA連合会長経験者1名、担当市職など4〜5名で賄っていた。
その4倍もの学校数を擁するというのに委員はたった6名で、市長との話し合いは年1回程度、学校の視察も担当者1名が525校中4校だけというのでは、まあ〜形骸化にもほどがあるのでは・・・

別に、言論が過激で少々品が悪い橋下氏の応援団でも何でもないが、大阪の実態はひどいと第三者には映る。


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宮崎を襲う津波は6M?

2012/01/14 23:40
最近、ワイドショーに巨大地震の話題が多い。
昨日のひるおびでも、東海・東南海・南海のトリプル巨大地震を取り上げていて、学者さんの情報によると、それぞれの発生周期が合致するのが150年前後らしく、1年ほど間があくこともあれば、1分くらいの間隔で連動することもあるという。

夕方のニュースでは、宮崎の外所地震(1662年10月31日寛文2年9月20日未明に日向灘沖で発生したM7,6震度6強)で、木花の島山地区(海岸線から1km)も津波(4〜5m)被害があったので、その対策として行われている避難訓練の話題だった。

小学校6年の時に経験した日向灘地震でも津波はあったらしい。新聞で地割れが報道されたことは記憶にあるが、津波は知らなかった。
清武川はその時の地震の影響で入り江に注ぐようになったそうだ
壁土が崩れ落ち、家が傾いて住めなくなったくらいだから、M7だったというのもうなづける。それが、未だにトラウマとして残っているが・・・


宮崎市は、トリプル巨大地震発生の場合は津波6Mを想定して対策検討中だそうだ。
平野で高台を探すのが難しい宮崎市は、とくに実家近辺は、津波避難ビルが必要だとも書いてあった。
96歳の父が入所している施設は一つ葉浜の松林の中にあり、万一の時を思うと心配でならない。
姉の職場もその近くだし、その自宅も大淀川からそう遠くない。津波の溯上だってありうる。

友人が、「地震が心配なら宮崎に帰ってきない」と言ったが、内陸の八王子より危険な気がする。
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こたつ

2012/01/12 12:10
今ヨーロッパで「こたつ」が話題になっているという。物によっては28万円もするらしいが好評を博しているそうだ。
頭寒足熱の権化「こたつ」は、私が一番好きな暖房機器だ。
しかしながら、古来のこたつでは立ち座りが不便でしょうがない。
腰も痛くなるし、座イスに座っていると、そのうち体全体が流れてしまう。
何よりも、我が家は男4人を含む5人家族だから、市販のこたつでは狭いし、椅子生活は変えられない。

この家に越してすぐ連れ合いが作った180cmX60cmのダイニング&作業テーブル、これは革工作やB1大のポスター制作などに大活躍する。
これを何とかこたつ仕様にできないかと思い、天板裏にヒーター部分を買ってきてくっつけた。
問題は掛け物だ。
もちろん市販品は無い。男の子が多いので洗濯できて温かいもの=フリースを買ってきてカーテン風に縫ってマジックテープでテーブルにくっつけた。冬以外には普通のダイニングというより作業台に戻るからだ。

そのうちマジックテープはボロボロになったので、普通のこたつ仕様にするため、DIYの店で同サイズにカットしてもらった天板とフリースを10m買ってきた。フリースを垂らす部分は、古いものと併わせて三重にしたので、保温力は断然高くなった。
連れ合いはゆったりした籐の回転イスを、私は立ったり座ったりが多いので、息子が使わなかった:機動力があるキャスター付き学習椅子(早い話、座ったまんま移動できる怠け椅子)を使っている。
この椅子にして、心なしか一段と太ったような気が・・・・
まあ、とりあえず便利に使っている。
120cmX60cmのタタミボックスを併用すると、隙間風が結構防げる。

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あの日のわたし〜東日本大震災99人の声

2012/01/06 18:43
仙台の従弟からの年賀状に、「あの日のわたし〜東日本大震災99人の声」(創栄出版)に彼の文章が載っていると案内があった。
早速、ようやく繋がるようになったAMAZONで注文した。
3月11日、被災したその瞬間の様子が克明に記されていた。

あの日はここ八王子でも相当揺れた。隣家の姑宅の重い瓦屋根のきしみが不気味だったことを思い出す。
彼の地はそれとは比べ物にならないくらい揺れたことが、言葉の一つ一つから理解できた。
親元にいたころ、姉のNとは一つ違いなので行き来はあったが、4つ離れた仙台の従弟のことはほとんど知らなかった。
ネットで検索して初めて、従弟が芸術学部を出てそれに類する職に就いているらしいことを知った。
そこで思った。「あ〜だからかぁ・・・」
これは持論だが、「絵描き・物書き・音楽家の類はほとんどが変人だ」ということ。

私自身や周囲には、孤高の絵描き・物書き・音楽家の類が嫌っと言うほどいたから、彼の若いころからの孤高のイメージが、ストンと腑に落ちたのだ。

従弟が応募した文は、記録性に優れているということで選ばれたらしい。
この本の売上金はあしなが育英会に寄付されるとのこと、是非一読(買って)あれ!
私だって若いころ書きためた詩集を出したのだが、自分で宣伝するのはこっ恥ずかしくて内密にした=売れない=出版社倒産・・・・悲惨

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福袋

2012/01/04 10:37
iPHONEだの、ラーメンだの、福袋だの、やたらと並びたがる日本人。これも横並び体質の一端だろうか
中でも見ていてへどが出そうになるのが福袋争奪の醜態だ。
もとより、欲しくもない雑貨までもぐりこませて棚ざらいしようという魂胆から始まったもの。
何故そんなものが欲しいのか理解に苦しむ。
今では中身がすっかり解っているお徳用袋を狙って、デパートの入り口で見苦しい強欲争奪戦の口火が切られる。
あ〜恥ずかしい

隣国のように、我が国の「恥の文化」は廃れつつある
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明けました

2012/01/01 13:01
明けましておめでとうございます。
A Happy New Year!
Buon Anno Nuovo!

今年、2000年から始まった(私個人)120年中20年間続く大天中殺で、
最悪の二年間が始まる。
この20年間はフツーの人は100年も生きないから、遭遇しないものだ。
よりによって、東日本大震災に続くゴージャス三連動地震・その前後に起きるといわれている南関東直下型地震・富士山噴火・原発事故危機etc.
盛り沢山のこの時期に、この期間がドンピシャ
なんて間がいいんでしょう

あな恐ろしや〜
後は神頼みしかない

なんてことを書いた直後の14;28、
鳥島近海でM7の地震発生。八王子近辺は震度3だった。

昼前に届いた年賀状。
PTA本部で一緒に活動していたNさん。ご主人が福島で頑張っていらっしゃるとのコメントがあった。
留守宅を守る彼女がいくら気丈でも、ご主人の置かれた状況を思えば、苦悩に満ちた日々を送っていらっしゃるであろうことは、誰にだってわかる。
私を含めて、第三者はどうとでも言えるが、現場で頑張ってくださる方々の存在があるから、現状維持できていることを忘れてはならない。

彼女のご家族にとって、またわが従弟たちをはじめとする被災地の方々にとって、今年が少しでも良き一年にならんことを




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ヒスイのお対と年の瀬

2011/12/31 22:08
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この間浅草橋で買ってきたヒスイのビーズで、ネックレスとお揃いのイヤリングとリングを作った。
ネックレス同様にイヤリングの花芯はピンクトルマリンを使った。リングにはアマゾナイトとスワロフスキーを足した。

ブルーのアマゾナイトも残っているが、取り合えず今日はおおつごもりなので多少空気を読んで我慢。
いつものことながら、年の瀬って大嫌いだ。
なんだか追い込まれているような気分になる。
いつもとな〜んにも変わらないのに・・・
ま、単に掃除嫌いなだけだが。

これでも一人暮らしの頃はいつ友人が来てもOKだった。
洗濯物もピシッと干して、きちっと畳んで・・・みたいな感じだったのに、ズボンを8の字に脱ぎ捨てるヤカラと連れたばっかりに、ずぼらが感染して不治の病になってしまった。
5人で散らかした家の中を、1人で片づけても追いつかないせいだ

来年こそは不治の病が治りますように
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ビーズやさん

2011/12/26 23:34
浅草橋まで行ってきた。
先日スワロフスキービーズのジェット(黒)1000個ほど使ってネックレスを作ったが、イヤリングを作る分がなくなったので久々に貴和製作所に行った。
前回足を運んだ時は確か一袋580円くらいだったと思うが、今日は630円に値上がりしていた。それでも近所の手芸品店に比べたら3〜5分の一だ。
貴和製作所を出て徒歩30秒、天然石のQueensへ。
先月購入したヒスイの花より大ぶりな花の彫り物やアマゾナイト、グレーの淡水パール、ローズクォーツなどなどを購入。

そこから徒歩3分の革やさん「タカラ産業」へ。何しろ問屋なのでネーミングは無粋だ。
そこで棚に積んである巻物の革の中に、この前作ったギャザーのバッグと同一のサーモンピンク系の革を見つけた。
見つけたら即買わないと次回は無いので、切り売りで100デシとターコイズブルーのエナメルポシェット用に同色の革ひも2m、すぐ傍の革やさん「AND」で黒の牛革クロコ型押し60デシを購入して帰路に就いた。
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アベマリア

2011/12/26 02:02
別にクリスマスだからというわけではないが、
Andrea Bocelliの"Sacred Arias"を聴きたくなった。

コカコーラのCMに乗せられて赤い服を着ていることにされたサンタクロースになりきったり、婚前の男女が人前で臆面もなく高級ホテルで一夜をすごんだと浮かれ、挙句の果ては坊さんが「もみの木まつりなので、ケーキで祝います」などと無節操なセリフを吐く。バチが当たりそ〜
100%商業ベースでしかない日本のクリスマスにはうんざりしている。
「あんたらのほとんどは仏教徒だろうが!」とか
4月8日も同様に浮かれるのか」とか、
「たまにはマホメットの誕生日も祝え!いつ何だかは知らないが・・・」などと思う。
だから、12月24・25日にことさらイベントはしない。
11日と30日には嫌でも息子たちの誕生日でケーキを食べるから、それでよし

そんな私だが、キリスト教が嫌いというわけではないし、昔から縁がある。
若いころは同僚だったボインのカクちゃん(多分Gカップくらい)から入信を勧められたり、遊び呆けていたころ知り合いの傘屋の社長さんが道楽でやっていた喫茶店でミサのまねごとに参加し、イタリア語を教わったイタリア人第一号は元神学生で、三男が三年間在籍した学校はバリバリのミッションスクールだ。
挙句の果ては、イタリア料理を教わっているのは「聖家族」という布教ミッションで来日しているイタリア人夫妻だ。
嘘か誠か、わたしの前世の奥さんは隠れキリシタンだったとか・・・
ちなみに、その人の洗礼名と私の名前のイタリア語訳は同じだ。

で、ボチェッリのCDだが、
最近ひょんなことでカッチーニの「アベマリア」を聴いた。
そういえばボチェッリのCDに入っていたな〜とCD入れから引っ張り出して聞いた。

ポピュラーなバッハやシューベルトの「アベマリア」もいいが、カッチーニも機会があれば是非!
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福島原発収束宣言&ランのプレゼント

2011/12/17 00:04
常日ごろ、アクセサリーやバッグの修理、勉強会やイタリア語講座の記録をワンイッシュにして必要な方に差し上げるなどしているせいか、ちょっとしたプレゼントを頂くことが多い。
別に見返りを求めてしていることではないのだが、受け取った方には多少の精神的負担があるのだろうと思う。
と言ってあまり高価なものを返礼に差し出されると戸惑ってしまう。

先日、いつも私が身につけているアクセサリーを見てほめてくださる方に依頼されて、オニキスと淡水パールのピアスを二つ作って差し上げた。(豚もおだてりゃ木に登るの例え通り)
以前自分でホームページを作ってビーズのウェブショップをしていた。
その時の材料の在庫が山ほどあるので、手持ちの材料の範囲で作ることも多い。
代金を頂くほどのものでもないので差し上げているのだが、逆にお金を頂いてしまうと好きなように作れないし、万一気に入られなかったらその方が負担に感じる。
「ありがとう」、その一言で十分なのだ。
中には、やってくれて当然みたいな人もいるので、そういう手合いには近づかないようにしている。ときどき逃げそびれることもあるが、もともとは嫌いな人には舌を出すのもいやな性質だ。

で、そのピアスの方から大ぶりで高価なランを頂いてしまった。
私にランの花は豚に真珠・猫に小判でしかない。
動植物に丹精込める性質ではないから、どうせすぐに枯らしてしまうのは目に見えている。第一面倒くさい。

夕方、ランの花を仲介した友人から、事情があってピンクのランと交換してほしいと電話があった。
私的には渡りに船で、どうぞどうぞと返品にこぎつけた。勿論ピンクのランの件は体よくお断りした。
めでたしめでたしだ。
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夕方ビーフカレーを仕込んでいたら、ニュースで野田総理が「ン年をモクトに・・・」と会見しているのを耳にした。
「モクト?メドぢゃないのか?」と振り返ると、案の定アナウンサーが「ン年を目途に」と言い直していた。
確か、つい最近前任者のカン総理も同じようにモクト発言をしていた。
あのアマチュア政治屋集団は、麻生元総理の「ミゾーユー」発言をどうこう言う資格ないな〜と思う。

何よりも、モクト発言のもとである突然の福島原発事故収束宣言自体が信用できない。
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Diarrea(イタリア語)

2011/12/14 15:51
昨日の昼過ぎからDiarreaが丸一日続いた
年に一度くらいこんなことがあると、大体3kgは落ちる。
ダイエットのチラシに「目標3kg減!」なんて載っているが、私にはたかが3kgだ。
総重量に占めるパーセンテージは微々たるもの、堂々たる体躯はビクともしやしない。
で、昨夜は絶食、今朝カフェラッテをいつも通り淹れたがほんの一口でアウト。
昼はサラダボール半分程度の親子丼を持て余した。
いつもこの程度の食欲で満足していたなら、なんの問題もないのだが・・・

イタリア料理教室の日なのにとてもいける状態ではなく、先生とお仲間のLさんに欠席のメールを出した。
Lさんからの返信「今日は重苦しいレッスンになりそ〜」ですって。
食事中はいつも私が通訳して先生ご夫妻との会話が成立しているので、前回欠席した時も空気が淀んでいたそうだ。
今日は何を作ったのやら・・・

今Lさんからのメール。
今日の献立は「Cannelloni al salmoni(サーモンのカネロニ)」だそうだ。クリスマスイヴに食べるものらしい。
大好きなカネロニ、行けばよかった
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勘違い

2011/12/13 00:03
昨日は三男の誕生日。
荻窪の長男が焼き肉お取り寄せセット持参でやってきた。
ついでに、ボーナスのおこぼれを弟たちに渡す長男はいくつになっても長男なのだろう。

その前日、手帳のスケジュールにイタリア語講座の記入がなかったので、ゆったりとした土曜の午後を過ごしていた。
そして今日の夕方だ。
一つ違いのR子さんからのメール
何だろうと開いてみると、土曜日の講義内容だった。ゲゲッ、休講じゃなかったんだ〜
結構、こんなドジを踏む。
まだ、隔週で土休のころ、出勤すべき土曜日の朝、少し遅めに起きてコーヒーを入れてくつろいでいた。
おもむろにテレビをつけると、「あ〜やっちまった」と、自分のドジに気付く。
昼前に入れた☎電話に上司の怒りが・・・

常日頃パソコンは余り得意じゃないと言っていたR子さんが、講義内容を細かく記載してくれた。
毎回半ば押し付けで、詳しい講義記録を打ち込んで、時には関連資料をネットから引っ張ってきてプリントし、小冊子にまとめて全員に渡していた努力が、こういうときにものを言う。
発端は、欠席した方の進捗状況が気になってしまうおせっかいからだが、一人が二人、二人が三人となって、今となっては全員に渡すことになった。

別に見返りを求めるつもりはないが、自分欠席したときにこういうメールを頂くのは有難い。
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桂由美ブライダルサロンズメモリー

2011/12/08 20:15
もう40年ほど以前、
赤坂見附駅の弁慶橋口をぬけて、洋菓子店ロキシーを目安に手前で左折して少し歩くと、
一つ木通り左手に、古い商店風の佇まいのブライダルサロンがあった。

そこに高校時代からの友人Yが住み込みで弟子入りしていた。
当時は今ほど高名ではなかったが、唯一無二のブライダル専門サロンだった。
私たちは上京して間もなく、お互いの休日が合致した日に会って見附駅付近のレストラン「磯村」や「アラスカ(?)」で食事をしたり、サロンの二階にある弟子部屋で時を過ごした。
「磯村」では、女優の岩下志麻さんが隣のテーブルで某俳優と食事をしていて、ぽっと出の田舎娘は食事も上の空だった。
たまに、出入りの写真家のつてで「モン・シャポー」のデザイナーマンションで開かれたその筋の人々が集まるパーティに出かけるなど、懐かしい思い出の一こまである。

弟子の修行は過酷で、ショー開催前には徹夜でパールビーズを縫いつけたりしたと聞く。
時に自分のデザインが先生の名前で出ることがあり(のちにほかのデザイナーの下でも同様のことはあったらしいが)、誇らしくも口惜しくもあると見受けられた。
そこで彼女が得たものも決して小さくないのも事実だろうが・・・

それを踏まえて、TVでデザイナー諸氏がいかにもすべて自分がデザインしている風景をみても、「ホンマかいな〜」と懐疑的になる。

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電子辞書カバー&友人のバッグ

2011/12/07 14:26
友人に頼まれたバッグ。
手持ちの革の中から彼女が選んだベビーピンクのヴェルニ風コーティング型押し牛革で作った。
この革を買ったお店は有名ブランドに卸したりしているらしいから、本物のヴィトンヴェルニ用かもしれない。

「自転車の前かごに入るサイズで、なで肩でもずり落ちにくい」という条件付き。
私自身もなで肩なのでそこは研究済み。細めの革ひもをクロスしてみた。

裏貼りして表にひっくり返した時に、何ちゃってヴェルニがクチャクチャになって
あまりの革にスチームをかけてみたりしたがムリ
あきらめてそのまま渡すことにした。
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かねてより気になっていたしょぼい電子辞書ケースを作り直した。
二つ折り財布か手帳でも作ろうかと思っていたターコイズブルーの余り革で。
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新作

2011/12/03 02:43
先日浅草橋で購入した天然石で、早速アクセサリーを作った。
ネックレスをかける首は一本しかないのに、アクセサリーボックスには貯まる一方だ。

ヒスイのヘッドとアマゾナイトのセット。花芯にはピンクトルマリンを使用。
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グレーパールのセット。結局、今の私トレンドのパターンになってしまう。
きれいなパールなので、オペラを観に行く時につけよう。
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一目ぼれしたペルーアマゾナイトのセット。中心部の金色ピーズは、K18を使った。
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久々の浅草橋&年賀状

2011/11/30 01:13
そろそろ年賀状を、と思っているが、気が乗らない。
宮城県在住の母方従弟が二人、被害は少ないとは言うが被災しているからだ。

めでたいと
書きあぐねおる 歳の暮れ
春の津波に
呑まれし町へ


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二十年来の友人にハンドバッグ作りを頼まれて、久しぶりに浅草橋まで買い出しに行った。
革屋さん「AND」が昨日から年末までの大バーゲン中だ。
小額でも20%、一万円以上で25%、三万円以上だと30%も安くしてくれるとあれば、購買意欲が台頭してくる。
友人が希望する色やタイプのものは残念ながらなかったが、多少切り落とされた部分はあるが、トートくらいはできるサイズで薄紫・型押し・パール光沢の皮があったので購入した。

せっかく浅草橋まで来たので、ビーズ屋さんにも立ち寄った。
ぱっと見で一目ぼれしたのがターコイズブルーのペルーアマゾナイト。手にとって値段を見てギョッ
隣のフツーのアマゾナイトの6倍だ。15mmの淡水パールをあきらめて、ペルーアマゾナイトを購入。ほかはヒスイのモチーフ、アベンチュリのさざれ石や丸ビーズ、グレーの淡水パール濃淡などなど。
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宮崎南高校50周年誌

2011/11/28 14:25
母校の50周年記念誌が届いた。
創立から50年間のあらゆる記録や、同級生たちの座談会など盛りだくさんで、楽しく読ませていただいた。

宮崎市の中央を流れる大淀川を挟んで、貴乃花夫人の河野景子さんなど、各界で活躍されている多くの人を輩出している宮崎大宮という名門校がある。
私はその学校に入りたかったのだが、受験直前に南高校が新設されたために学区制ができて大宮を受験することはできなくなったと知った。
その件で親や担任に楯ついていると校長室に呼び出されて説得され、しぶしぶ南高を受験した。

受験前日、受験をなめきっていた私主催で夕方まで校庭でドッヂボールに興じた。
巻き添えを食った友人の多くが受験に失敗してしまったことを未だに心苦しく思っている

私は創立間もない4回生のせいか、当時の先生方の熱気は今も記憶に新しい。
「(川向うの大宮に)追いつけ追い越せ」のスローガンのもと、とにかく勉強さえしていれば、あとは自己責任で結構自由だった。
朝テストは言うに及ばず、七校時・八校時終了後も毎日のように小テストの嵐。
実力・定期テストの結果を上位数十番まで廊下に張り出すなど、巷では「大宮の天国、南の地獄」などと言われていたらしい。

反面、他校では禁止されていた喫茶店入店などもチェックは緩く、カーキ色の制服とはミスマッチのローズ色の中ヒールを履いていっても注意を受けたことはなかった。
遠足も体育祭もなく、東京への修学旅行は受験で上京する人が多いせいか、参加者は家政科+普通科の就職組数名。また、部活をやるやつは人生を捨てているなどという先生もいらっしゃった記憶がある。
しかし、人生の中で一番はつらつとして楽しい日々を送ったのは、高校時代だった。
できるなら、あのころに戻りたいと思う。

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サンゴでまたもや三点セット。真中はサンゴのバラ。
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